「勝ち組」「負け組」の言葉の意外な真実

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世の中には「勝ち組」「負け組」という言葉があり、今の社会では誤解されて使われているかもしれません。企業の勝ち組負け組、人生の勝ち組負け組、受験の勝ち組負け組など本来そんな使い方をしてきたのでしょうか?本来の意味を紹介します。

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「勝ち組」「負け組」とは?

人生や仕事に勝ち負けは無いと思っているのですが、今の世の中には「勝ち組」「負け組」の言葉を見かけることがあります。

その意味するところは、企業が経営の戦いに勝って収益を上げたり、受験競争に勝って難関校に合格したとか、年収がすごい相手と結婚したとかが勝ち組でその反対が負け組という意味に聞こえて仕方がないのです。その辺の勝ち負けはどでもいいことなのですが・・・

では本来の意味はどのようなものだったのか調べてみました。

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「勝ち組」「負け組」の本来の意味

勝ち組と負け組の本来の意味を調べると以外にも太平洋戦争にまでさかのぼり、その意味は現代で一般的に使っている意味とは違うことがわかりました。Wikipediaから本来の意味を引用しました。

1945年8月に日本がポツダム宣言を受諾して太平洋戦争が終結した後も、ブラジルを主とした南米諸国や米国ハワイ州などの日系人社会および外国で抑留されていた日本人の中には、敗戦という現実を受け入れられずに、「日本が連合国に勝った」と信じていた人々がいた[2]。こうした人々は「勝ち組」、戦勝派などと呼ばれた[1][2]。一方で、敗戦の事実を認識し、戦勝派を納得させようとした人たちは、認識派、負け組などと呼ばれた[1][2]。

引用:Wikipedia

この説明を確認すると「敗戦という現実はありえない。だから日本が勝ったと信じていた」この人々を勝ち組と言ったとあります。

負けたことを信じたくない、受け入れたくないという人たちが勝ち組だというのです。

現代風に言うと「信じられな~い!それはありえない」という人が勝ち組で、「負けてしまった。これが現実だ」という冷静な人が負け組のイメージです。解釈が変でしょうか?

そういえば、負けるが勝ちという言葉もありました。

ずいぶん現代の解釈と違っています。この語源の様な世界は今後ないとはいえ参考になります。当時は負け組の人たちが冷静に事実を認識していていたのです。

勝ち負けの無い世界

現代風の勝ち組負け組の解釈ならわたしは完璧な負け組のはずです。あんまり戦おうとせずに働いてきたのだから出世することも遅れて最後の土壇場でなんとかなったような人生です。

どうでもいいことですが記録として書いておくと、よく小さいころのわたしの話を祖父や両親が話していました。幼稚園の運動会で一番先を走っていてそのままゴールすれば1等賞なはずでした。ところがみんなが来るのをゴール前で待っていたというのです。

理由は「自分だけ1等になりたくない」という意味の分からないことを言ったというのです。今だったら迷わずに1等になって賞品をもらっています。

おわりに

世の中には「勝ち組」「負け組」という言葉があり、今の社会では誤解されて使われているかもしれません。企業の勝ち組負け組、人生の勝ち組負け組、受験の勝ち組負け組など本来そんな使い方をしてきたのか本来の意味を紹介しました。

勝ち負けの無い世界が今でも好きです。やっぱり運動会での意味不明なDNAは今でもあるようです。

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