60代のメリークリスマス!記憶の中のクリスマスケーキとは?

幸せな未来
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子供が小さかったころは、大きなケーキを買ってきて、鶏のモモやピザなどてんこ盛りでバクバクとみんなで食べたものです。

でも、年を重ねるとそうはいきません。

そんなに食べたら、胃もたれになってしまいます。

子供が巣立った60代のクリスマスはヘルシーなイブとなりました。

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昭和の時代、クリスマスケーキにはゆめがあった!

昭和の時代のクリスマスケーキは、夢がありました。

クリスマスになるといつも思い出すことがあります。

小さかったころの昭和30年代のクリスマスケーキの残像が浮かんできます。

今の生クリームが主体のホールケーキではなく、バタークリームが主でした。

なので、翌日になるとクリームが固まり、飾りつけにケーキの周りにチョンチョンとくっつけたクリームをフォークでさすと、その形のままケーキから剥がれるくらい固まります。

白色というよりもベージュがかった白いケーキには、仁丹のような銀色の粒粒がバターケーキの上に散らばっていて、その光に夢を描いたものです。

さらに、赤いチェリーのブランデー漬けのようなものがケーキの上にのっていて、とてもきれいなのです。

いまはプラスチックになってしまった、ヒイラギのグリーンと赤い実の飾りは、昔はゼリーでできていて白い粉がかかっていたと記憶にあります。

チョコレートにはmerryChristmasと書かれた大きなチョコがのっかっていて、割って食べたほど大きかったのです。

砂糖でできたサンタクロースの飾りは、割ってかけらを家族でわけて食べたのです。

ローソクは結構太くて7色位ありました。

ケーキの箱はとても大きくて、箱の横には透明の窓がありケーキを覗けるようになっていて、よくのぞき見をしたものです。

いくつになってもクリスマスはワクワク!

あれから50年以上が過ぎたのですから、けっこう昔のことを覚えているものです。

クリスマスは何才になってもワクワクするのです。

サンタクロースが煙突から入ってきて、まくら元の靴下にプレゼントを置いていくからです。

サンタクロースが煙突からやってくる理由は4世紀まで遡ります。

この様な話が元になっています。

ある所に3人姉妹が住んでいました。貧しい家のために嫁入り道具をそろえるお金もありません。

そのことを知った、ニコラスは真夜中にこっそり姉妹の家に行きました。

そして、暖炉に通じている屋根の煙突から金貨を投げ入れました。

その金貨は暖炉に干していた靴下の中に落ちて入りました。

その金貨のおかげで娘たちは嫁入り道具を買うことができ無事結婚できて幸せになりました。

この物語は「聖ニコラウスの訪問」として1822年ごろニューヨークの大学教授により世界中へと広まりました。サンタクロースと煙突の関係が広まったといえますね。

60代のクリスマスはヘルシーに!

ケーキもそんなにたくさんは食べることができませんし、トリのモモもそんなに食べれません。

60代は、サラダと少しばかりの油を落とした唐揚げを作ってヘルシーにお話しを楽しむことにしました。

「サンタ」と読めるワインは女房で、ぼくしはノンアルのシャンメリーのブドウジュースか・・・

お酒を止めてちょうど3年目になります。

ことしも、靴下にはむかしのころの夢が入っていました!

写真の鶏肉のから揚げはカラーラで肉の油を落としてつくりました。

唐揚げを、油を使わないカラーラで作るとヘルシーでやわらかく美味しくできます。

カラーラ(Amazon)

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